里山の声

里山の声 第65号(2016年06月)

2016/06/13 4:48 に みえ里山自然ふれあいの会 が投稿

里山の声 第64号(2015年09月)

2015/09/09 5:55 に みえ里山自然ふれあいの会 が投稿   [ 2015/09/09 6:25 に更新しました ]

里山とは・・・ その存在価値を見つめ直してみる

2013/04/25 4:11 に みえ里山自然ふれあいの会 が投稿

 「里山」というコトバは、京都大学名誉教授の四手井綱英氏が昭和30年頃に言いだしたのだと聞いている。
 深い奥山が山里なら、農家が集う比較的ひらけた場所を「里山」といい、古来、田畑の肥やしにおちばなどを集め、まきを拾い、炭を焼き、家畜のえさとして、山草を刈り取ったり、また、コナラやクヌギを利用して、きのこ栽培などもしていた。
 農耕を主流としていた日本では、「里山」のもつ意味は大きく、私たちの年代の者は、深い森とのかかわりに育てられていたと言っても過言ではない。
 オオタカなどの猛禽類は、雑木林に生息する小動物を求めて集まり、森をとりまく田畑は、それらの動物をはぐくむ揺りかごでもあった。
 比較的人目につく場所に営巣しているオオタカの習性もうなづける由縁である。
 私たちが「里山保全」をうったえていた当時(平成7年)、まだ「里山」というコトバが広辞苑に登場していなくて、そのコトバのもつ響きはなんとものどかな暖かさを秘めていた。
 戦後、高度成長期へと移行する中で、「里山」はお金を生まない厄介者扱いをうけ、次第に放置荒廃への道のりを辿っていった。そんな中、雑木山を潰して、スギやヒノキの植林山にとってかわり、生態をゆたかに保つ広葉樹の森は狭められていったのである。
 現代における「里山」保全の意義は一般的に乏しく、どうしても人間中心(里山を壊して開発)の営みに傾いていくのだが、はたしてこれでいいのだろうか。長い年月の日本の「里山文化」を今一度見つめ直してみたい。
 私たちは、この難しい課題に取り組み、100年先の日本を見据えた活動を行っています。
    
 平成24年1月吉日 
  NPO三重の里山を考える会  事務局長  村田一成

里山の声 第62号(2012年10月)

2012/10/07 3:59 に みえ里山自然ふれあいの会 が投稿

 
<目次>
・体験学習24年度上期実績
・平成24年度下半期 行事予定・イベント情報
・自然への感性を育もう
・ヘチマづくり
・スズメバチ騒動
・秋の里山の一日
・秋の夜長に鳴く虫たちの声を味わう
・里山の声 62号発刊にあたり
 

里山の声 第61号(2012年04月)

2012/04/25 4:47 に みえ里山自然ふれあいの会 が投稿   [ 2012/04/25 5:50 に更新しました ]

里山の声 第61号(2012年04月)の閲覧

<目次>
・里山の四季  森づくり部
・自然かんさつをより楽しく高めましょう
・かけがえのない里山を子供たちの未来に
・上半期 行事予定・イベント情報


里山随想

2012/01/16 2:16 に みえ里山自然ふれあいの会 が投稿

 自然との共生ということばを耳にします。

 人間が生きていく上で、自然界でどのように関わっていくかを考えると、自然との共生こそ不可分の方法であって、人間も自然界の一員に過ぎないのだという謙虚な思考にたどりつくのでしょう。

 これは村人たちによってまもられてきた「里山」という自然を放置してきた結果、やっと気づいたわたしたちの答えにほかなりません。

 里山の自然は、村里近くの人々が、そこを生活の根城として、朝な夕なに出入りし、薪をとり炭を焼き、牛や馬の飼料を手に入れる場所であったし、子供たちが昆虫狩りに夢中になってかけずり回っていた遊びの舞台でもあったところでした。

 里山とのかかわりでなにを得て、放置してきた結果なにを失ったのかを考えてみると、そこには子育ての原点もみえてくるように思われます。

 現代のようにいつどこにいても物が満ちあふれ、機械化された生活がはたして人間生活をゆたかにしてくれるのだろうか?便利な生活は、思考をにぶらせ、ある意味で向上心をそいでいる一面がみえかくれしているようです。

 戸外で遊ぶことがなくなった子どもたちは、ゲーム機のなかにとじこもり、実生活の体験をしないまま大きくなって社会にとびだしていかなくてはなりません。

 それは、組み立てて試運転もしたことのない機械のように、あやふやな状態に放り出されたも同然です。

 やり方がわからないのですぐキれてしまうのではないでしょうか。

 永い年月、地域の人々にささえ守られてきた里山には、希少な動植物が生育し、それらの生命一つ一つは、直接人間の役に立っているようにはみえないが、動物の生活は、受粉をたすけ、タヌキや小鳥は植物のタネをとおくにまで運ぶ手伝いをしてくれています。

そうしてそだてられた森は、空気をきれいにし、水をためています。ミミズやケラは土をたがやしてくれています。

 これらの循環は、村人の出入りしていた里山のいとなみにうまく歯車がかみ合って、何百年も営々とくりかえしくりかえし共生を続けてきました。

  しかし、ここ30~40年くらいまえから、このような里山は、あまり用をなさなくなり、うちすてられて荒れ地と化してきつつあります。人間にとって、なが い年月のいとなみは、それなりに価値のあることで、水路をコンクリート張りにし、農薬で育てる稲作は、自然界の生態パターンを根本からくつがえしてうるお いのないものにしてるのではないでしょうか。

 田んぼには、タニシとかドジョウやふな、数え切れない昆虫が生きてつづけてきたことが、人間の生活様式の変化で消滅しかかっています。

い まさら、人間のいとなみを180度もとにもどすことは、ほとんど不可能でしょうが、せめてその歴史をふりかえり、里山という場所がいかに人間の生活をゆた かに支えてくれていたか、人々の暮らしにどのようなつながりがあったかをみつめなおし、そのごく一部でも紹介したいと思っています。

 

 

平成16年4月吉日

NPO三重の里山を考える会

事務局長   村田 一成

里山の声 第60号(2011年04月)

2011/04/19 5:57 に みえ里山自然ふれあいの会 が投稿   [ 2012/04/25 5:57 に更新しました ]

 
<目次>
・森づくり部活動報告
・生活協同組合コープみえ様からのメッセージ
・里山の皆さんこんにちは
・柏尾原の湿地環境と赤とんぼの一生
・上半期 行事予定・イベント情報


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